事の発端
それは去年の末頃から

はっきり言って年末などは
どの業界でも殺傷力ある忙しさだ。
私もまた、
(関西のとあるしがない編集者ではあるけど)
例外でなかった。
はっきり言ってただの一度も、
ライブだろうが、PVの撮影だろうが
オンだろうがオフだろうが
見には、あいには行けなかった。

for youに書いた通り、彼が大阪に
居るときでさえ
社屋に監禁状態だった。
同業者ならこの事態は安易に
分かってもらえると思う。

さらに情けない事に、
かかしのスケジュールを
把握すら出来ていなかった。
それだけ、自分のことで精一杯だった。

言い訳なので聞き流してほしい。

 
渡米については、相談出来なかった。  (どうゆう経緯で転勤に至ったかは後に記す事にする)


それに対しても
自分への情けなさと、かかしへの理不尽な
怒り?違う、憎愛に近い執着心で、
断腸されるような苦しい毎日。
つまりおかしくなっていた。

胃薬とバファリンに頼っていたけど、
そのうち効かなくなり、病院にも行けないので
神戸の実家からボルタレン錠を送ってもらう。
そんな日々。もう春が来ると言うのに。


その分電話は沢山した。メールもした。
それはまるでハルキが退屈しのぎに
留守番電話をしょっちゅう残していたアレと
同じインターバルで。
まるで一方的な日記の書き置き。
2、3日、酷いと1週間は
返事が返ってこないという状態が続いた。
私も、かかってきても出られないのが普通で。
ごく稀にリアルタイムで繋がっても、
不思議と何を話せばいいか分からないお互いが居た。

向こうは、ただ吐息とか、ふっと一言
言うんだけど、私はそんなに器用にまとめられなくて、
結局かかしの身体の辛さをばかり気にして、
心配する言葉ばかり出てくる。
すると、決まって「はぁ?」と言われる。はぁ・・・って
ため息も聞こえる。

だって、心配だから。貴方がもし倒れて
悪くなったりしたら、私はどうしたらいい?

そう言うと「暗くなるな」・・俺も暗くなるだろう
って意味かもしれない。

そう、ダメだって、前向きに
明るく振舞わなくちゃダメだって分かっている。
何度もそうかかしに教えられる。
なのに何故、こうも悲愴なんだろう。泣けてくる。


手のひらをじっと見てみる。
かかしを触ったのはいつだろう?いつから触れてないのだろう。
それ以外に使い道はあるのかな。文章を打つだけの手で居たくない。
きっと掌はそう言っている。



自分に問う。想いが薄くなった?
いいえ、違う。
違うと自分で良く分かっている。
これだけは信じられる。
絶対ずっと、一番好きなのは変わらない。


でも、実際付き合っていくと
その理屈が通用しなくなってくる。
相手や自分の体調、スタンス、仕事の容量、
お互いの距離感が噛み合わなくなってくる。


別れの原因を
お互いの視点から冷静に考えてみる。
一見バカらしい理由かも知れないけど、
それは数年積み重なってきた
鬱積の弾みにすぎない。だから、バカらしいのだ。

私については二つ、ある。
まずあれは年末前の事だったか、
かかしにとってとても栄誉な出来事があった。
もちろんワールドワイドなレヴェルで、だ。
しかしそれは
空やパウダー、DJのmash君、
スタッフ、そして社長
そんな皆と共に勝ち取った賞賛でもある。


その授賞式の、招待状は持っていた。
なのに行けなかった。
時間的。距離的。そんなつまらないことで
行けなかったのだ。
今も手元にあるエナメル材質のインヴェントカード。

その時の私には
これほど憎らしく、そして愛しいものはなかった。


それからもう一方の理由、というより出来事。

4月の中旬、ギリギリ間際になって
遂にもうどうしようもなくなって、
渡米について話した時のこと。

場所は神戸、南京町の近くにあるビル4Fの
カフェ&ライブバー

その日かかしは神戸ハーバーでラジオの収録、
私はとうにデスクは返上して、身の回りの整理をしていた。
つまり、
アメリカに行きませんとは言えない立場、
そして正直
行かないという気持ちもなかった自分が存在していた。


かかしからしたら、そんな事
一言も聞いてないんだから、
軽い気持でここに直行したと思う。
でなければ、大阪の私の部屋まで来ていた、と思う。

周りが騒々しいほど、
私は言いやすかったから
敢えて音楽がある場所を選んだ。
そんな自分の事しか考えていない告白場。

まず、なにがどうって、とにかく切り出せない。
喉に鎖が繋がってるのかと思うほど、重たい。
 
かかしは、とにかく目立つので
サングラスだろうが帽子だろうが
長居も出来ない。
所要時間は、
アルコールを摂る2〜30分てところだろうか。
私も酒の力を借りなければ。一口でいい。

4Fへあがるエレベータですでに、
男性二人にみつかってしまった。
(男性で良かったのだけど)
快く握手するかかし。横で見る私。
胸がぎゅっと、そして熱くなる。


かかしの知らない
私行きつけのライブカフェ。
さらに言うと
その曜日はジャズ&ブルースルーティン。
畑が違うからこそ、大騒ぎにはならない。
年齢層は若干だけど高めで、
しっとり嗜める空間が
すでに出来上がっていた。



ところが、かかしはフルーツを沢山使った
マンゴーミックス(ノンアルコール)を頼んだ。
首を小刻みに揺らし、音を掴んでいる。

????

まず酒ありきのかかしだ。
すぐおかしいと思った。
額に手を当てる。
平熱〜微熱と言ったところで
別状はなさそうだ。

が、直後何か我慢が解けた感じで
歯をくいしばるように苦笑いに近い顔になった。
「・・つぃ〜」と声が漏れた。

もう、話どころではない。
さっさと勘定して緩やかなリズム&ブルースの中
かかしを支えながら外に出た。


駅まで、今の状態では
ちょっと遠かったのでタクシーを止めた。
采配しているのは慌てている私。
元町まで、と言いそうになり
新神戸駅まで行くに決まってる!と
心中で自分を叱責し言い直した。

でも、その最中ずっと、
イライラなんかせずにどこか
安堵感すら感じているようなかかしの
表情と、体温に私は心拍が上がっていた。
それとちょっと重かったせいもある。


駅からはもう近いもので、ほぼ直結したホテル。
明日朝一には東京へ発つ予定なので、
まさに寝るためだけの部屋。

19階へ上がると、スタッフに話があると
一旦別の部屋へ立ち寄る。
遠巻きに廊下に立っていても当然、
不自然なので相手の目に留まる。

あちゃ〜みたいな笑顔を作ってみる。
自分の心の中ではすごく不自然。
でも、向こうは気軽にいつものように
話しかけてくれる。
本当、良い人達が
かかしの周りには集まっている。

それが私が居なくても大丈夫・・と
思える要因を手伝っているかも知れない。


諸話を終えて、部屋に戻ると
もう立ってられなかったようで
ソファっぽい一人掛けのイスに
斜めがけに倒れこんだ。
だけど、ちょっと笑っている。
私が居るから?
でも、その表情もすぐ苦悶に
歪んできて、声も出ないし、
今度は本当に我慢できない
様子になりはじめた。
とっさに頓服のボルタレンを
鞄からちょっと震える手を叱りながら掴み出し、
かかしの口へ放り込んだ。
さらにそこの
「麦茶」と書いてある液体を飲ませた。
・・・お茶と薬は良くないが、
そんな暢気な雰囲気ではなかった。

10分程呻いていたものの、薬が
効き出したのか汗いっぱいで仰向けになって
ようやく落ち着いた顔で言った。「やべぇ」

これは本当にやばいんだと思った。
痛みが和らぎだしても、こんな言葉が
出るんだから。それで、救急車ダメなの?
と聞いた。 あっさりダメだと言われた。

とにかく、
どこがどうなっているか分からない。
何とかしてあげたい。
でも医者でも看護士でもない私には
何も出来ない。こうして手を握り返すだけ。
あげくに明日は東京。
頭の中で、火山が噴火しているような
カッカと血がのぼっているのが自分で分かった。

痛みも、何か悪戯している悪い蟲も、
全部私にうつってしまえ

数秒間のうちに何度も頭でそう思っていた。


いつまでもこうしているわけには
いかないと思った私は、部屋に着いてから
3分かそこらで扉の方をを向いて
助けを呼びに行こうとした。

すると、すぐ手から腕ごと
引き寄せられて、抱かえられてしまった。

数年前よりかかしはずっと
体格が良くなっていて、
もう「壊してしまいそう」なんて思わない。
ライブの体力作りのため
ジムへ行ったりと鍛えてだしてから、
筋肉量が倍、とまでは言わないけど
すごく逞しくなっていて、
今もきっちり腕で包まれていると
服越しにその変化が伝わってくる。

努力している、その姿に
優しくしてあげたくなる。
もっと、一緒に居たくなる。

また長くなってきた
綺麗な黒い髪の毛に、
手櫛を入れたくなる。
もっと、ずっと、触りたい。

でも、何故かその瞬間胃が
キリキリと痛くなった。









つづく

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