高速を降りて少し南下すると、 左に白い海が広がっていた 目に入った瞬間、思わず立ち上がりそうに なったくらい、夜明け前の海はきれいだった 誰かの提案で 海の真上にあがる 朝陽を見ようということになった 時刻は5時過ぎ頃だろうか 空と海、そして砂浜は同じように白んでまったく境界がない 浜辺に車を止めると 皆、波打ち際に向かって走った 一睡もしていないのに元気だ。 ハルキと彼女は 手同士を絡ませてよろけながら砂を蹴っていた 今回の恋愛は上手く行っているようだ 私は弟に巣立たれるような少し寂しい気持で 車の傍らから海を見つめた 寒さはこれが頂点という程強くて 息を吐くと視界が白く曇る すべてが白い世界を見つめていると 色んな想いが波のように寄せてくる もしも、この景色を共有できる誰かが 隣に居てくれるとしたら 私は誰を望むだろう? ポケットから携帯を取り出し アドレスを開く 開けば最初に目に入ってくる 登録番号 001 もうきっと変わってしまっているだろう だけど、消せない電話番号 掛けて確かめればいい それができないのは 「友達」だと心の底から思っていない証拠だ 答えはやっぱり出ない 出したくもないから 今はひとりがいい そうやって貝のように一人を望んでいた 携帯を閉じた私の目の前には いつの間にかハルキが来ていて 暗すぎだろそれ、と 強引に腕を引っ張られて砂に 仰向けに寝そべらされてしまった そしてお決まりの卍固めを受けた 外でやるなんて信じられない 彼女も見てるのに、って ものすごく笑っていた。 でも分かっていた。 私を元気づけようとしてくれてる事 間違った方法だけど。 今は喧騒の中、 ハルキは ソファでつぶれている 初詣、楽しかったのが 「いいこと」と言いながら、 私はわざとらしい笑みを作り 大の字で寝そべっている ハルキの横に半分腰かけて座った。 返事する元気もないのか、 目を閉じたまま反応がない。 辺りは騒々しく、 今も目の前を無数の足が通り過ぎていく。 余ったスペースでは数人が 流れるSOULに合わせて体を揺らす ハルキがかけている時は 不思議なくらい皆踊りだす。 流行の波を押さえている彼のセンスの賜物だろう しばらく水の飲ませる ホスト役を務めていると 楽曲が終盤に入ったので 思わずハっとした 今回のテーブル DJが3回あると言っていた いつ入るのか分からないけど この泥酔状態では今すぐ動けないし。 しょうがないので リストを確認してこようと思った。 立ち上がろうとして ソファから離した腕を いきなりぎゅっと掴まれて驚いた。 それは力もなく、まるで すがっているような感触の まぎれもなく隣にいるハルキの手だった 曲が終わる。 あせる私とは裏腹に ハルキは額に手を当てて、 少しだけ開いた瞳で こっちをじっと見上げている。 その視線は 全く精気というものを 感じないくらい 弱気だ 彼のこんな表情は見た事がない。 よほど具合が悪いのだろうか。 元々透ける感じの色白だし 暗闇がちで顔色が探れない 私は青ざめた 急性アルコール中毒・・? そう思った瞬間、 あっという間に あげかけていた腰がソファに着いた。 腕を思いきりひっぱられたから このまま臨終するんじゃないかと いうくらい影のあった顔つきは いつの間にか すっかり元気を取り戻していた それなのに 手を離してくれなかった 普段は顔を見つめること位 わけはないけれど はしゃぐでもなく じっと至近距離で向かい合うと 否が応にも緊張してしまう 前から知ってるけど とんでもなく綺麗な顔だ。 それも万人受けする、 見ていて損はない顔立ち。 近くで見ると灰色の瞳が ピコピコ、せわしなく動いている。 私の何を見ているんだろう ドレッドの黒髪からシトラスの香りが 鼻先を刺激してくる それでついに耐えられなくなって 私は彼のおでこを軽く叩いて言った。 治ったのなら離しなさい、と。 一瞬呆気に取られた後、 ハルキは笑い出した。 何がおかしいかったのだろう でも 本当に気分が悪かったのかも知れない。 それくらいいつもと違う顔だった それが手を離すと、 風のように素早く人ゴミを抜って さっきまでのMCが去る頃 ターンテーブルに辿り着いた 場内が沸く ちゃんと時間計算していたらしい。 心配した分、ちょっと腹が立つ。 でも大事にならなくて良かったと思う 帰り際、 「・・女の子紹介してくんない?」 ハルキがバツ悪そうに言った。 情けないというか、 悲しい気持が胸を覆う そして、尽きるのは(またか)の一言 今回の彼女はうまく行っていると思ったのに それだけに私も彼女と仲良くやっていたのに ものの2カ月で別れてしまったようだ。 彼女は物静かで、清楚なお嬢様という雰囲気で クラブではまさに掃き溜めにツル状態だった。 今までの女性達と違い、私に 「ハルキにちょっかい出すな」とか 変な勘ぐりもしてこなかったし 彼女はもう私達の溜まり場には来れないだろう これは一度や二度のことじゃない。 せっかく私が仲良くなっても 自由に出入りできなくなる。 原因を、ハルキが作ってしまう。 その度に寂しい思いをしてきた。 第一、紹介なんてしなくても 列ができるくらい、 女の子が順番待ちしている。 ふと掴まれた左腕が ピンクに腫れているのを見ると 流れ星の日のことが 鮮明に蘇った 熱かった体温と 手のひらの感触 銀色のつんつんした短い髪は 蛍光灯でエナメルみたいな質感を帯びて 元々痩せているかかしの顔を よりシャープに見せた 見る度に痩せていく それなのに、どんどん輝いていく瞳が いつまでも瞼の裏から離れない 不意打ちだった。 友達が離れてしまう寂しさと かかしを遠くに感じる切なさが 入り混じって胸を強く締めつけた このままだと ハルキに当たってしまいそうだった。 私はただ俯くことしかできず 唇を噛んで顔色を隠すのに必死で、 人の量が許容範囲を超えて ひどい混雑になっている出入り口を さらにふさいでしまっていた 自然とハルキの腕が ぶつからないように 体を庇ってくれる。 通り過ぎるコたちは怪訝そうに それでいて好奇の目で見ている。 呼吸さえままならないこの空間は 気持ちがどうにかなってしまいそうな密度だ 情緒不安定だな 耳元で痛そうな顔して呟かれる 実際、私に当たるはずの 人波をすべて背中で 受けているのだから苦しいだろう。 誰が不安定? いや考えるまでもなく私の事だ。 付き合いの長いハルキには 全て見透かされている気がする。 それだけに彼の顔を見上げることはできなかった ただみぞおちに 拳を軽く当てて、 彼女を大切にしなきゃ、 とだけ言って腕の中から逃れ そのまま流れに乗って もみくちゃにされながら 外へ出た。 大切に、か。 自分で言った言葉が こんなに胸に刺さったことはない。 人の事なんて言えない 一度だって大切にしたことあったのだろうか 「この恋愛をずっと温めていこう」と 決心したことは。 いつだって、今だって これからだって ずっと 私は逃げていくんだろうか 自問自答を繰り返し 嫌悪感に苛まれている私を まだ舞い落ちている粉雪が包んで クリアじゃない心中をより情けなく感じさせた つづく もどる