街には 毎年恒例の
チョコレートイベントを迎え
ピンクや赤のデコレーションで
賑わっている店が軒を連ねて
「真冬」という季節は過ぎようとしていた

2月29日
午前2時過ぎ
いつも以上に
残業になってしまった
本社を駆け出すと
表通りまで出て
急いでタクシーを拾う

心斎橋まで。
運転手にそう告げると
とりあえず一呼吸して
シートに体を預けることができた

今日はハルキのリリースパーティ
関西のDJ陣何人かで集まって
レコードを発売するらしい

らしい、と言っても既に何日も
大音量を聞かされて熟知気味なのだけど。
おかげで最近、寝不足だ
今朝はついに寝坊してしまったので
仕事も長引いた

しかし行かない訳にはいかない
しっかりしているようでお調子者の
ハルキだから、目が離せない
ちゃんとした彼女が傍にいるなら
安心して任せられるのだけど・・
それより行かないと
後で何されるか分からない(本当に)

いつから彼の母親になったんだろう、と
沈黙の車内でため息をついてみる
外を見ていると程なく
ネオンが多くなり
人の行き来している遊歩道が見えてきた
今夜一日は精神力を持たせなくては。
変な使命感を持って車を降りた




さすがに関西選りすぐりの
メンバーだけあって
出入り口から見るだけでも
場内は普段とは比べ物にならない混雑だ
ライブゲストも呼んでいたようだし
まだ当日券に並んでいる人もいた

ハルキに渡されたチケットを見せると
顔見知りのバイト君がおはようと言う
私は中を指差して苦笑いした

階段を上がってフロアに入ると
いきなり左側から人にぶつかられる
完全に許容範囲を超えている?
少し不安になりながらいざとなれば
上階のバーに避難することを考えていた

「おっとごめん!大丈夫?」

ぶつかってきた男性が丁寧に謝ってくれた
しかもわざわざ頭をさげてくれる
(確かに、少し痛かったけど)
その紳士な態度に動揺しつつ
こっちも頭を下げた

?
ふと見るとその頭は坊主だった
このスキンヘッドの照かり具合・・
どこかで見た事ある気がする

次に顔を上げた瞬間、
すぐにそれと分かる特徴のある顔が見えてきた

ツタだ!

漆黒のレザースーツに身を包み
まさにパーティに相応しい風格を出している
サングラスを少し下げ、
驚いた顔している私をちらっと見た

ツタには過去2回程会っている
初めてサブで歌った夜と
打ち上げの飲み会の時
それ以外にも色んなイベントで
同じ空間に居たかも知れないが
親しく顔を合わせることはなかった
私なんかが親しく出来るような人でもない

年かさは私達よりずっと上で
常識人、と言った雰囲気がある
もちろん歌の方は上手く、スキルもずば抜けている
各界で認められる大物MC。
でもとても明るくお調子者で人気だ
その点では同じ部類(?)のハルキは
可愛がってもらっているようで
彼の口からツタの話が出ることも少なくなかった

ハルキと私が友達ということは
知る由もないし
数回会っただけで
大して言葉も交わしてないので
私の事は覚えてないだろう
いつまでも驚いていたら
ツタも困ってしまうに違いない
心を落ち着けて無理のある笑顔で会釈し直した

そんな妙な雰囲気を
フロア前方から人を掻き分け
やってきたハルキが
いともたやすく崩してくれた
ツタの頭を目標地点にしていたらしいが
彼に話しかけるより先に
面前に私がいるのを見ると目を丸くした

ツタはハルキに気づくと
肩を叩いて談笑しだした
ホっとして胸をなで下ろす
今回ばかりはハルキに感謝したい
とりあえずここから脱出しなければ

そう思って
振り向いたが早いか
即座にハルキに呼び止められる
おまけにしっかり腕を握られている
窮屈な場所からすぐ逃げ出すという
私の行動パターンは完全に読まれているらしい
・・・・前言は撤回だ

二人が話している間
何のためか分からないが
ハルキの隣に立ち尽くすしかなかった
ヤケになって時々音に合わせて踊る
そんな様子に
ツタは不思議そうな顔して言う

「隣の子は、彼女?」

聞かれた途端、二人とも
ノー!と答える
その声がまったく同時だったので
ツタは苦笑いしながら
アゴひげをさすった

それから
私の方に目線を移して言った

「かぁしとは、どう?」

思わぬ質問に、一瞬
心臓が止まりかけた 止まったと思った

かぁしと言うのは
ツタが独自に呼んでいるかかしのあだ名だ
飲み会の時も頻繁にその名で呼んでいた
でも何で?
その質問はあまりに唐突で
出どころも分からない、
私にとってはとても謎めいた問いかけに聞こえた
頭の中がグラグラ、グルグルしてくる

そして横には
不可解そうな顔して
私を見ているハルキが居て
さらにどうしていいか分からなくなっていた

するとちょうど
後ろから数人の女性が現れ、
ツタとハルキに
写真を一緒に撮ってほしい
と促してきたので
話は座礁した



再び私の隣に来て
階段脇にもたれて座ったのは
先に撮り終わったハルキだった
普段なら
即効で問いただしてくる彼も
いつにない静けさで
ただ煙草を吸っている

もちろんハルキは
かかしの事を知っている
この業界で知らない人は居ないと思う
だけどずっと言えないでいた
隠していた、と言えば
そうかも知れない。
ハルキのように何でも素直に話せない
この状況を上手く説明する自信もない

今現在、別れていても私の気持ちは
まったく整理できていないから


騒音の中でこの空間だけが
ぽっかりと空いたように静かで


「やっべぇ、もう俺の番・・」

ほぼ口をつけてない煙草を地面に押し付け、
立ち上がろうとする彼の声は
こないだのように弱気な音色で
その顔を見ることはとてもできなかった

なのに去り際
こっちを振り返る。
必然的に目が合う。
私は不安な面持ちのまま
まるで怯えるように
ハルキの顔を見返した

心配すんな 
俺はお前の味方だって

そう言って
フロアに戻っていく
ハルキの背中は
何となく痛々しかった。

それは自分の胸の痛さかも知れない

逆の立場なら
私だって悲しい気持ちになると思う
意味もなく友達を傷つけている、
そんな自分がはがゆい


程なくブースの方から
何度も耳にした音源が響いてくる
ハルキが回しだすと
やっと女性から
解放されたツタが
手をあげながら寄ってきた
別に挨拶なしで去ってもいいのに
本当にきちんとした人だ

「いや!さっきは本当申し訳ない。
   ただ最近かぁしに会ってる?と言いたかっただけで」

思わず笑みがこぼれる
雰囲気の悪さを感じ取ってくれたのだろう
こっちこそ、と恐縮ながらお辞儀し返した

それより気になるのはその質問の元だ
私とかかしの繋がりなんて
飲み会の時以外、知れようもない
あの時だってほとんど一緒に居なかったし。
思い出したくないのに
女性と楽しそうに話すかかしの顔がよぎる

するとツタが懐かしそうに
ハルキと私がステージに上がった
イベントの夜のことを話し出した

確か、君、居たよね?と
頭をさすりながら確認してくる

あの日は
ツタに声を要求され
ある意味、絶命しかけたので
記憶に鮮明だ。
まさかツタが覚えているとは思わなかった
その後、別の場所で酒を渡した時は
ノーリアクションだったし・・
でもそれはしかたない 
これだけ大勢の人がいるのだから
今思い出してくれただけでも有難い。



直前まで
かぁしと軽くもめたから、よく覚えてるよ

思いもよらぬ言葉を
さらっと言いのけられて硬直する
もめた?何でだろう。
呆けていたのもつかの間、
ツタが続けた言葉によって思考が保てなくなった


「素人、って言ったら悪いけど
とにかくステージに上げるなっていきなり言い出して・・」

このざわめかしい空間では
聞き取りづらいはずなのに
ツタの大きな声は嫌が応にも
耳にディレーションをもたらして
言葉が何度も頭の中で反復した

それでも意味をつかむのには時間がかかった
完全なる麻痺状態だった

ステージに上げるな。
その言葉はツタの口を通じてでも
十分に私の心を裂く材料となった

あの日
かかしは私達が、
つまり素人がショーするのを拒んだのだ
それはプロとして
有り得ることなのかも知れない
だけど


そこまで話すと
突然、ツタの横の人ゴミから
ひょっこり誰かが出てきた

暗闇の中でよく目立つ
白い帽子と緑のバンダナ、
見る限りではツタより
少し毛並みの長い坊主頭の男性。
目上ギリギリまで
深々と被っているので
顔がよく分からないけど
まるで狐みたいに肌が白くて
細く鋭い目つきをしている。
普段はそうでもないのかも知れない
かなり泥酔しているから
薮にらみになっているのだろう
時計に目をやると3時5分前だった 
周りも相当に酔った人が目立つ

その白狐のような彼が
体を全て預けるようにツタに
なだれかかりながら、紙束を渡す
見ると東京のクラブのフライヤーだった
まださっきの話に続きがあるらしかったが
白狐にまとわり(?)つかれて断念してしまった
その代わり、
今度の土曜来て、と
フライヤーを渡された。
ツタはもちろんレギュラーで出ている
まだ行ったことはない。
行かない理由は
レギュラーにhuvcoolが含まれているから
なのだけど・・

そうこうしているうちに
パーティも終わりに近づき
ツタと白狐ぽい彼も人波に紛れていき
私は一人その場に立っていた


正直に言うと
あの日、ステージに立った時のことは
私にとって一番大切な、
そして唯一の拠り所だった

あの時のことだけは
確信を持てたから。

かかしが私を好きでいたかも
しれないという、
1%くらいの確率の確信。
かかしは
舞台袖から私を見ていて、
確かに側に来て助けてくれて、
確かに、確かに 接吻をした。
自分でもおこがましいと思うけど
私を特別に選んでくれた、そんな気がしていた

でもそれは
気持ちの伴わないものだったのだろうか
単なる気まぐれだったんだろうか
私の名前を見かけたっていうのは嘘で
後からうまく考えた嘘で
内心ではステージに上がらせたくなかった?
寒空の下、私の所に戻ってきたのも
それから一緒に過ごした全ても
ただの暇つぶしで
あの12月の末、
熱をこもった体で来たことさえ
彼にはよくある遊びに過ぎなかったのか


私が好きだからいい
かかしがどう思っていようと
かかしが誰と居ようと
例え友達としてであろうと
それで満足

そんなのは全て嘘だ
私の方こそ大嘘つきだ
エンジと居ても
心の中から一時も無くなることはなかった
エンジが大阪に居るってことが
かかしの存在を近く感じさせた

私はきっとかかしが欲しくてしょうがない
いつでも触れたいし
声を聞いていたい
ずっと側にいたい

実はとても我がままに、かかしを求めている


取り戻せないと分かっていても
何もしないで、このまま居るなんてできない
手遅れだなんて百も承知している
それでも、彼の本心が知りたい
かかしを、知りたい

気が付くと
フライヤーをかたく握り締めていた

行くしかないと心に決めた













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