ライブ中だったのもあり もみくちゃにされつつ、当たられつつ、 やっと落ち着いた頃には 時間はかなり経過していて 23時を回っていた。 一番後ろ、カウンター寄りに立っていたのに まったくスペースはなく、踊る人も窮屈そうだ。 広いハコじゃないから当然こうなる もう心臓が破裂しそうで 冷静を装っていても顔が熱くなってくる ツタの姿を探したけど この人ゴミでは酒を取りに来るか ヴィップに入る時くらいしか 見つけられそうにない。 しかたなく2杯目のモスコミュールを注文した 周りを見ると 結構、一人で静かに 体を揺らしながら 酒を楽しんでいる女性が沢山いた。 もちろんナンパ待ちな可能性はあるけど、 こうゆう空気は心地いい。 その中に 飛び抜けたスタイルの子がいた。 白にボーダーラインのスェットジャージ、 見事に編まれた細く長いドレッドに 真夏を思わせるような黒褐色の肌。 雰囲気からして10代だと思う。 そして横から見るだけでも 綺麗な鼻のラインで整った顔立ちだ。 それ以上に他の子と違うのは 何だか落ち着かない様子で、 手に持った携帯を何度も見たり 辺りをきょろきょろ見回りたりで ライブには上の空な所だろうか そんな彼女を観察している 私もまた 上の空で、 今回ばかりは音を楽しめそうにない。 そう思っていたのだけど しばらく、以前都内の別ハコで 会ったことのある販売の人と シャツの種類について話し込んでいると 急に 悲鳴みたいな嬌声が沸いて 人が大量に前へ寄せる音が聞こえ 一瞬、真っ暗になり それまでと曲調が変わった 後ろを向いていた私は 再びライトが全開になり 真っ白に壁を照らすのを見ると同時に 聞いたこともないような、 いや聞いたことのない ものすごい密度の 激しくて 攻撃的な 歌声を耳にした 思わず振り返らずには居られなかった でも前を見たところで ここからは到底、 誰が歌っているのか分からない。 ただ オーディエンスの狂喜乱舞の様、 まるでロックでも聴いているように 人々が跳ね飛ぶ姿、その異常な程の光景が 目に飛び込んできた。 似ている。 声も 歌い方も 全く違うけど この客を掌握しきってしまう ステージングは あの夜とそっくりだ。 会話していたことも忘れて ただただ声と爆音に耳を傾けた その声すら「爆音」と表現してもいいくらい スケールが大きくて鼓動が上がった。 あっという間に 2曲目に入る。 さっきまではあんなに攻撃的だったのに チルなそのナンバーになると 憂いを持った受け身に近い低い声に変わる 彼は一体何者? まだ見ぬ声の主を知ろうと 振り返り、尋ねようとすると すでに販売の人は居なかった 呆れてどこかに行ってしまったのだ ものすごく申し訳ない気分に包まれる いくら驚いたからと言って ほったらかしでライブに熱中してしまった 少ししょげ気味になりながら 会って謝ろうと思い、辺りを見回す すると 相変わらず定位置に立っている さっきの細ドレッドの女の子が目に入る しかし 様子はさっきと違っていた。 携帯はしまい込んだのか、 手ぶらになっていて 何故か前を向いて手を振っている。 その瞳はらんらんと輝いて 「女」を強調しているものだった そちらを見ると いつの間にか軽い人だかりが出来ていた 黒い雲みたいに見えるそれは 女の子たちが何かに群がっているようだった ゆらゆらと集団がこちらへ押されてくる 見た瞬間、 嫌な予感がした ここに居ると 想像していた中でも 一番悪い展開が起きるかもしれないという。 というか直後 女の子達の呼んでいる名前で 起きると確信した 緊張で歩けなくなる一歩手前で 辛うじて足が動いてくれた 集まりから目が離せないまま 後ずさりしている自分に喝を入れて 何とか振り向き、 身を隠すようにうつむきながら まだ半分は残っていた酒ごと グラスを放棄して、 3杯目のリキュールを頼みに行くことになった つづく もどる