暗がりに移ると少し安堵した。
カウンター前は人も疎らで
ソファや椅子で酒に楽しんでいる人ばかりだった

席に着くなり
ウォッカを注文した。
バーテンは
私の顔を覚えていたようで
びっくりした様子で
大丈夫?と言いながら
グラスを空ける真似をした

確かに最初のテキーラを頼んでから
まだ20分しか経っていない。
2杯目は
ほとんど飲まずに捨てたのだから
体に入ってないも同然だ。
そんな事情など知らない彼は
ピッチが早過ぎると思ったらしい
でも
例え、あの2杯目をすべて空けていたとしても
同じように注文しただろうと思う
酔わないとこの空間に居られないほど、苦しかったから。

氷の入ったグラスにウォッカが半分、
器用な手つきでウォーターが注がれる
マドラスがアクリルの壁に触れながら
くぐもった音を鳴らしている。
橙々色のライトが
液体の色に透けた

ゆっくりとした自由時間に
カウンターにつっぷしたくなった

頬杖をついて
バーテンの仕事を眺めていると
酒を出そうとしていた手が止まった

不思議に思って
その顔を見上げると
私の背後に向かって軽く会釈している

羨ましい。
彼が笑顔混じりで
そう言ったのが辛うじて耳に入った
その後、何か話してかけていたけど
聞き取れなかった

背後、というより もう真横に
その相手が立っているのが分かった

背中に衣服の当たる感触もあった

ウォッカが私の前に差し出された時
グラスを確認するより先に
目が隣に見える
ウインドブレーカーの袖を
とらえてしまって
そこから先は自然と
誘われるように腕を伝って
徐々に上へと見上げていた


得意げで
皮肉っぽい笑顔を作って
バーテンの方を見ている横顔が見える。
口元をとがらせたり舌を出したり、
顔で見事にジェスチャーしている。
ダウンライトが
銀髪に負けないくらいに白い肌を
しっかり照らしているので
輪郭がはっきり分かった

口元ぎりぎりまで
隠れるカラーのブレーカー、
それでも相変わらず
痩せた頬が見て取れる
胸が、体全体が
切なさ一色に覆われる

酒を待っている間、
しきりに前髪の立ち具合を気にした様子で
何度も手ぐしでワックスをならしていた。
それでも気に入らないのか
最後には自らぐしゃぐしゃに
一撫でしてしまった。

私は
一連の行動をただ見つめ、
全く何も考えることができず
固まっていた
例えじゃなくて、
本当に体が固まってしまった

その様子は、当然はた目から見ても
おかしかったに違いない
バーテンは酒を作りながら
私の様子を窺っていた

かかしも
それに気付いたのか
異様に視線を感じたからなのか
ちょっと分からないけど
斜め前に座っている「女」の存在に気付き、
まったく冷めた、かつ
面倒臭そうな目つきでこちらを見下ろした

垂直に瞳が合って そのまま時間が止まる

少なくとも私の中では 
確実に止まった。
しばらくこっちは
その冷たい顔つきと
見下されたような瞳の色を
じっと見上げていたけど、
いつまでも微動だにしない感じなので

私が誰なのか、完全に識別してないとも思った




「えっ?」



それは今まで聞いた中でも
一番、間の抜けた「えっ?」だったと思う。
でもとても笑えなかった。

1秒か2秒後
みるみる顔つきが変わって、
やっと視線を逸らした。
頭の中でコンピュータが
作動しているように
黒目が上に行ったり右に行ったり
何か考えてる様子で、
それが終わると今度は
後ろを振り返って
そこで待っている女の子達の顔を確認し、
またカウンターのバーテンを見返し、
(バーテンはかかしの様子に酒を出すのを躊躇し、)
しつこいくらいに
周りを見回して、
最後に少し冷静を取り戻した顔で言った


「東京? だよな・・」



私は大阪にしか生息しないらしい。
でも悔しいとかいう気持ちはなく、
自信家のかかしを
ここまで混乱させてしまった
自分を悔いた。
やっぱり来るべきじゃなかった。

それからかかしは
へたってしまって少年みたいな前髪を
再び手ぐしで立てて
ようやくバーテンから酒をもらい、
カウンターにもたれ立ったまま
腕組みしてそっぽを向いてしまった。
私も手元のウォッカに気付き
一口、飲む。

背中をカウンターに押しつけて
ライブを見ているかかしの
表情を確認することはとてもできなかった

前を向いたかかしに
さっきの群れの女の子達が話しかけだす。
その中でもあの細ドレッドのコが
ぴったり横を占領して離さない。
しきりにかかしの酒を奪おうとして
まるで猫みたいにじゃれついていた


「hey!マイメェーン!かぁ〜し!! 」


その時、女ばかりの輪に
割って入ってきた人がいた。
会うなり
かかしの肩に手を回し
抱きついている。
すでに飲んでいるのか
まるで二次会のノリで
会場入りしてきたのは
ゆうまでもなく
ツタだった。

ツタと2MCsをしている
Tiger氏もいる。
関西では滅多に
見ることのできないメンツだ。

Tigerは
「カラス丸 かぁ〜かぁ〜」と
かかしに絡んでいる。
色んなあだ名で呼ばれているようだ。
しかし普段のことのようで
特に気にすることもなく
軽くかわしていた

肩組みをしたまま、
カウンターへ割り込んできたツタが
テキーラを注文した。
半ばあきらめ気味の表情で
かかしも振り返る

横にいた私が軽く腕を叩き
来ましたよ、と挨拶すると
サングラスを下げ、
顔を確認してから
おー!と指さして握手してくれた。

それから捕まえている
かかしを引き寄せて
何か耳元で口走っていた。
かなり酔っているようだ

何故か、かかしは
呆れた様子で
目を細めて睨んできた

その瞳を見ただけで
頭がグルグルする。
ただでさえ壊れそうな胸が
リミット限界までいった気がした







つづく
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