新しいブーツに
靴ずれしてしまって
つま先が痛かった。
立ち上がると
目の前がちらちらとして
酒が体の中を暴れ回っているのが
良く分かった。

フロアは男女が入り混じり
揺れながら踊っている。
その波に、
翻弄されるように体が流され
さらに酔いが回った

向こう岸に
再びジップをきっちり上げた
かかしが見えた。
原住民のように見える
細ドレッドの子が
相変わらず隣に居て、
酒か水か
こちらからは判断できない液体を
しきりに勧めている。

 彼女 だったり

コールタールの中みたいに
鉛を飲んだように
表現しつくせない想いが
頭の中をグルグル回り続けた



ここは南米?ユーラシア大陸?
オレンジの太陽と銀色の月が共存している。
アルコールの海で
私は完全に漂流していた。
ゆらゆらと、でも少しずつ
歩を進めて出口をたどる。
この島は思ったより広い

そうして
心地よくなってきた所へ
急に背中に衝撃を受けた。
鈍い金属音が聞こえた。
ぶつかったその拍子に
相手が何かを落としたようだった

振り返り、足元を確認したが
暗くて何も見えない。その上、
人の足しかないくらい密度が高い。
音色からして
遠くには転がっていないと
思った私は無謀にも
その混雑の中、下に手を伸ばした。
もう自分では何をしているのか
よく分かっていなかった



「いいって。危ないから」


静かなトーンに顔を上げると、
落とし主は足元を
きょろきょろ見ている所で
白黒ツートンのメッシュキャップと
色白な口元だけが目に入った。
耳元からのぞく髪は坊主に近く、
金かグレーか、曖昧な色合いだ。
やっと相手が私の方を見た時に、
思わぬ二文字が浮かんだ

白 狐 

ライトが下がると
斜め横からはっきりと顔が見えた。
細くとがったような瞳、
生白い肌で唇がやけに赤く
まさに「狐」の様相で

間違いない、あの時の!


私の表情をどう受け取ったのか
 終わってから探すからいい、と
感情なげに言った。

人がはけるまで居るということは
イベンターの人なのかも知れない。
大阪で会った時も
ツタと親しそうだったし

私は何度も謝って
頭をシェイクしてしまい、
途端に気分が悪くなって
側にあった丸テーブルに手をついた。
そこには来月のフライヤーがあった
知っている名前も含め、
出演者が連ねてあって
huvcoolが先頭に来ていた

さっきの、「爆音」声のMCは
載っているんだろうか?
と思ったものの、
顔も分からないし、
名前すら知らない。

ふと、イベンターなら
知っているだろうと思い、
まだ隣にいるその人に話しかける。
酔っているから何でもできた

一曲目がかなり攻撃的で
印象に残っていたので
そのフレーズを思い出し
耳元で口走る。
最初、何を言ってるのかという顔をして
困ったような笑いを含み、
こっちを見ていた白狐も
だんだん分かってきたようで
顔色が変わった。
そこで名前を教えて欲しいと頼んだ

すると、彼は
何となく表情を緩めた。
実はやっぱり瞳は細くなかった


フライヤーを指さす。
        
 regular live:   huvcool  /   空   


と書かれている。
huvcoolな訳がないから、「空」と言うのだろう。

空。
確かに空みたいにスケールのある、
天まで届きそうな声の
パフォーマーだった。
でも読み方が分からない。
ソラなのかクウなのか?

何度も申し訳ないなと思いつつ、
これも仕事の内だろう、と
勝手な理由付けをして
もう一度聞こうとした。




「お前の顔、覚えとくよ」

くしゃっとした笑みで
いきなりそう言われた。
それで質問できなくなった

正直、砂漠のオアシスみたいな
さっきまでの狐とは
思えないような笑顔に
ドキリとしてしまった


その時、
急に辺りがせわしなくなった。
ブースの周りに人の波が
押し寄せて固まっていく
一気に暗くなり、
照らすものが何もなくなる


すぐに、マイクロフォンからの
声だけが響いてきた
スラング混じりの客を煽る声に
人々が期待感で絶叫する。
暗闇がリアルに届けてくる
かかしの声。
泥酔した感じの、ヤケに近い言い方で


「今日はやるつもりじゃなかったけど
   そこの人だかり、いや 「女だかり」共のために」

そこまで言うと、数秒黙って
 やっぱやめた、と笑った。

一部の女の子達が絶叫したが
構わない様子でまた続ける
 

んなことより、野郎は良く聞いとけ
今日は口説きまくれよ

最高に盛り上げてやるから


相変わらず暗闇で
どこから声がするのか定かじゃない。
それでも十分、傷ついた。
こんな煽り方はいつもだって 
分かっていたけど
どうしようもなく悲しかった

男性達も騒いでいて
手をあげたり奇声を発したり
それはネーティブの祭典のようだった

マイク越しの
かすれた声、言葉、ひとつひとつが
いちいち心を底からえぐって、
居場所をなくしてくれた。
2年前は、あの女の子達と同じように
どんな言葉にだって
胸を熱くしていたはずなのに


歌いだす前に、上階へ
 この島から避難した









つづく
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