2階、というか
地下からあがってすぐの
フードバーは人が減っていた。
ピークには下階に人が集まるので
無理もない。
さっきまでの空間とは
一点して、眩しい光を放つ
ダウンライト達に眩みながら
空いているテーブルにもたれると
さながらハワイかモルジブのコート、
やっと落ち着いた。

その時、下からビートが鳴り始める。
ライブが再開したようだ。
嫌が応にも一緒に声が届けられる

かかしの、声。
普通の恋愛なら、なんて
意味のない事を考えた

彼の声が、歌い方が、
もちろん好きだ。
追随なき才能とテクニックと声量に
すぐ心奪われた。
じゃあ人間として、男性として 
どこが好き・・・どう好き?
自分の気持ちなのに、分からない

何考えてるのか全然分からない、と
突きつけられた言葉が
何度もよぎる。
確かにそうかも知れない、
自分にだって分からない有様なのだから。


ラティンの元気なチューンで
スピーカールームの振動が床を揺らす
しばらくすると、高い笑い声がして
背中に震えがくるMCが響きだした

この声は空だ。
どうやらかかしが招き入れたらしく
二人の歌声が交差する。

レゲー寄りなセレクトの
より一層陽気なミュージックに合わせ
声と声が、競うようにぶつかり
時に重なり、また違う方向へ反射していくような
絶妙なフロウだった

誰が聞いても胸躍るようなそれを
一人テーブルを見つめながら
最後まで聞いていた

時刻は3時を過ぎた頃、
正直眠気も疲労もきていた。
再びDJに突入、人が
この階にも増えだしたので
潮時だと思い、
色んな思いを抱いたまま 
フロアを後にした


放たれたままの出口の
少し手前までくると
音楽が耳に入ってきた。

それはすぐ外からで、
ちょっとひび割れた雑な音だった。
流れる静かなストリングスに絡んで、
綺麗な女性シンガーの声がそっと聞こえる


Once again,miss you
 on the way coming myroom
     (帰る側から会いたくて)


歌詞にドキっとした。
何故かはすぐに分かった
――気持ちにシンクロしていたから。

これ以上ないくらい傷ついて
早くここから去りたかったのに
こうして帰ろうとすると 
馬鹿みたいに
かかしから離れるのが
嫌だと思っている自分がいた。

会いたい。 会えるなら会いたい


声はかすれていて、低かった
笑顔はなかったけど
一度だけ、私をまっすぐ見つめた瞳。
ちょっと首をかしげて苛立ったような、
でも奥には優しさを秘めた表情。
その残像にいつまでも縛られている

分かってる、行けない。
行ってもどうにもできない
彼女かも知れない人が側にいるのに
大勢の人がいるのに
第一本人が受け入れるはずがない。
また混乱を引き起こすだけになる


近くにいるのに
会えない。 会いたいのに会えない


どれ位 そこに立ち尽くしていたのか
分からないけど
結局 一度も振り返れないまま、
外のアスファルトに一歩足を着いた



表に出ると
すぐ前の広場に人が居た。
若い男女数人が
ダンスを踊っている。
音は、彼らのデッキから聞こえていた。
この静かな曲からして
休憩中のようで
ストレッチしたり、
体を揺らすだけの
ダンサーが目に入った


酔いが醒めなくて
気持ちを持て余しているのもあった。
すぐ帰るつもりが
自然と足がそちらへ向いた
少し離れて見物しようと思ったけど
その集団の中に 
思いもよらない人が混ざっていて

肩を叩くと、
三段ほどの段差の階段に
座っている彼が振り向く。
被っていたニット帽が
はらりと落ちた

「あ、れ? あっ・・は」



言葉にならない様子で
上目づかいに私を見上げる。
驚いたようだったけど、すぐに瞳が
らんらんと輝いてきた

やっぱり人違いではなかった
嬉しくなって横に腰かける。
さっきの男性の二の舞にならないよう
間を空けて遠慮して座った

帽子をとりあげ
被っている彼の姿は
どこかあどけない感じに溢れている。
私の不意の登場に、
はにかみながら顔を振った

「俺ねぇ、すごい ほんと今、なんか・・酔ってるんだよねぇ」


それはすぐ分かったので
うなづいた。
街灯の灯りでもはっきり、
顔が赤く見える。
らんらんとしながら、また
うっとりする瞳は酒特有のものだ。
笑ってしまう。
どんなにどんぞこでも、
こんな気持ちをくれる彼を
すごいと思った

その泥酔ぶりに、
ダンサーの女の子達も
クスクス笑っていた。
話によると
いつも自分のライブがない日は
すぐ帰るらしい
でも私同様、この輪に
興味を惹かれて
打ち解けるうち話し込んでいたらしい。


KARTのどこを見渡しても
エンジの姿を見つけられなかった
その訳が分かった


こいつら面白いんだよー、と
いつまでも同じことを
言いそうな勢いで教えてくれる。
数は、と尋ねると
別のイベントで不在だと
ちょっと寂しそうに言った。
そのうち、ダンサー達は
曲をブレークビーツに替えて踊りだした
 
ここに私が来られたのは
エンジの存在があったからだ。
彼が居るかも知れない、居るなら
大丈夫と 何故か自分に勇気づけれた。
子犬みたいに瞳をキラキラさせて
それとは反するアルコール臭にも包まれて
笑う横顔が心のトゲトゲを
見事に取り去ってくれていた


遊びにきてくれたの?
と立て膝しながら
小さくうずくまり
頬杖をついて言った。
手の平で口元から頬を支えているので
こっちを向くと唇がタコみたいになっている

絶対本人は気付いていなかった。
というよりそんな事を
気にするような人ではない。
それでも
見ているこっちは
無造作に半開きのタコ唇に目が釘付けで
さっき何を聞かれたのか、耳を素通りだった。
自分の笑気を振り払おうとして
大きく首を横に振った。


頭を二回、ポンポンと叩かれる
叩くというより撫でるに近かった

タコの口は
元に戻っていて、かわりに
何かのマークみたいな手の痕がついていた。
じっと、酒でうるんだ瞳で見られると
心が縮こまってしまう



「もしかして・・俺より・・」


鼓動が増してきた。

言葉が絶え絶えな上、
のらりくらりとゆっくり話すので
その先が気になって焦った。



「・・・・・座高、高くない?」




何となく展開は見えていたんだけど、
座っているのにこけそうになった。
私の態度を見て、何?どしたと
素顔で尋ねてくる

これだけ酔っていたら
明日になれば
私と会った記憶はないんだろう


思いきって 手を
近いのに、すごく距離を感じながら
伸ばして
彼の指輪に触れた

後は強引に
相手の手のひらを開いて
ぎゅっと握り締めた。


少しの間だけ、開放されたかった
アルコールのせいだと言い聞かせながら。
自分から、なんて 初めてだったかも知れない

しばらく
柔らかい感触を感じていたくて
手を繋いだまま離さなかった。
そのうち
エンジの手に力が入って
握り返してくれた

彼の領域に繋いだ手を
引き寄せられると、
リブニットの感触が
手の甲に伝わってきた

気付くと
耳から頬にかけ
口づけされていて
自然とお互い顔を向き合うと
鼻が当たって唇も触れた

優しくて
ゆっくりとした動きで
そこかしこに触れてくる唇。
気持ちを確認するように
おでこを合わせたら
自分なのか相手なのか
一気にアルコールの
甘くてほろにがい香りに包まれて
力が抜けたけど
繋いだ手は離さなかった

エンジが
信じられないくらい
あたたかで
涙が出そうだった。
口と口が
少しでも離れているのが
惜しいというように
ずっと重なっていた

でもそれはフレンチキスの
進歩したような、
子供同士みたいなキスだった


少し離れて
顔を見つめようとすると
そのまま頭を柔らかく
後ろから抱きしめられて
彼の胸元にうずまった


気持ちのすべてを
知っているようなゆるい抱擁に
数分だけ、
何もかも忘れて
素直に体を預けた








つづく
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