駐車禁止の標識を
左に曲がるとすぐ
白くて比較的高い、ビルみたいな建物があって
周辺は夜を運んできて、
薄暗く、街灯がつき始めていた。

マンションがある。
そう安心したら自分が
この建物が取り壊されて
なくなっているという想像
をしていたことに気付いた。

それほど
彼に会えるということを
信じていないし、出来ないと思った


セキュリティロックなどのない
普通のマンションなので
難なく、エレベーターで
3階まで辿り着いた

懐かしい壁の傷、クリーム色の廊下

もう帰ろう、ここまで
来れただけで十分だ。
そう思い、すくんで
何歩も足踏みしてしまった




いつもの癖、
居る時は鍵をかけない。


重厚なドアに手をかけるとすぐ開いた。
部屋の間取りを思い出そうとする
これは不法侵入になるのかも知れない。


音を立てないようにした
つもりなのに
カーッと変な音がした。
あまりの音に顔が熱くなったけど
もうそのまま引き開いた

誰か他の人が住んでいたら
どうしよう。と
ずっと抱いていた不安はすぐ消えた

最初に左側から目に飛び込んだ
ダイニング。
4脚備えた大きめのテーブルは
変わってなかった。
キッチンはここからは見えなくて
でもあの白いカップは相変わらず
乱雑にコーヒーメーカーと合わせて
キャスターに置いてあるのが見えた

テーブルの反対側に
建築士が使うようなデスク。
奥に機材。
壁から壁が一望できた

変わっていない。
それに
女物の靴。
女物の服。
想像していたいづれも
視界にはなくて、
それが少し気分を楽にしてくれた


玄関を入って
多分5歩位の距離にあるデスクに、
当の本人が
ジーパンとスウェット姿で座って、
というより前のめりになっていた

髪の毛は子供みたいに
一部はへたっていて、一方は立っていて
デスクの明かりで金髪みたいに見えた

口に火の付いていない
煙草を落としそうなほど
先だけでくわえて、
頬杖をした指の先で
顎を淡々と叩いていた



音がしたのに
こっちを見ない。
それがとても不思議だった。
私は、彼が部屋に居れば
何らかのリアクションがあると
信じていたので
もう、それ以上は動けなかった。

何故か
かかしは当たり前のように
ダイニングテーブルの方を
指さして、
こっちに向く事もなく
手に持ったボールペン?で
今度は机の上を叩きだした

卓上には何もないように
思ったけど、
玄関に一歩踏み入ると
灰色に見えるサングラスが置いてあった


すると踏み込んだ拍子に
支えがなくなって玄関が閉まり、
あまりの大きな音に
自分でやっておきながら
飛び上がるくらい驚いた

同時にかかしが、
むせたように咳こみ出し
煙草を咥えたままデスクにつっぷした

しばらく躊躇したけど、
その苦しそうな横顔を見たら
放っておけなくて
もう勢い任せで、
大丈夫?
と、なるべく小さな声で聞いた

そうすると
すごい勢いでこっちを向いたので、
またびっくりして目が点になった。
さらに2、3回しゃっくりするみたいに
苦しそうに顔をしかめて咳したけど
それより
私が居ることに驚いてるようだった


口にしていた煙草は
床に落ちて、
その床には沢山吸殻の入った
小さい缶みたいなものが置いてあった

かかしは私の方に向いたまま
は?というか、何というか
声にならない声を発して
やっと状況を理解すると、
立ち上がって
頭をぐしゃぐしゃ掻いた

蛍光灯に頭が届きそうなくらい
大きくなって、
だぼっとした白い
スウェット地トレーナーの
生地が少し揺れた



再び座り込んだのは
2分後くらい、
デスクの横に敷いてある
クッションみたいなラグの上

玄関で動けなくなってる私とは
対峙しているみたいで

当たり前のことだ。
でも本当に
来たことを後悔した瞬間だった。
辛かった。
異様に張り詰めた空気は
心臓が破れるくらい重かった

しばらくして
最初に動いたのはかかしで、
落ちた煙草を拾って
うつむき加減に火を付けた

人の顔を見ないかかし。

家に来た時、
KARTで会った時も
かかしは私から目を逸らしていた。
思えば
公園で別れを告げた、
あの時以来、
まともに瞳を交わせてない。

でも、もういい。
そんな事は、もうどうでも良かった

二口吸った煙草を
もみ消したのを合図に、
手を力いっぱい 
握り締めて、
腕ごと前へ突き出した。


握ったままでいると
かかしは見上げながら
きょとんとして首を傾けて、
やっと私の目を見た。
だから
ゆっくり手のひらを開いた。

そこに現れた物を確認すると
少し顔色が変わり
私を険しい目で見たのが
遠目にも分かった

今日、初めて
この物体を発見した事を
告げると
かかしは聞き終わる前に
再びうつむいて、
床を見ながら一度苦笑いした。
その嘲笑は私に対するものか
もしかして彼自身に対してなのか
分からなかった

切ない感情がこみあげる

胡坐をかいたまま、
まだ苦笑いを浮かべている
かかしをしっかり見て
言った


中は見てないの
かかしに、
あなたに会わないと
開けちゃいけない気がしたから

星は遠い所にあって
月は手が届かないけど
人間はロケットで
そこに辿り着いたんだから

私は
・・私は

そこまで言うと
理由を述べることができなくなった。

喋りながら
勝機はないと自分で
すっかり悟っていたから。

決して弱くならないと
決めていたのに波がくる。
それを我慢して
最後の言葉を一心込めて言った

ずっと
いつでも好きだったよ


喉を伝って鼻先から
目の中心までが痺れて、
それでも
瞳を閉じてじっと待った。
でも我慢できなかった。

閉じているまぶたの隙間から
涙がこぼれ出して
後は思いも寄らぬ量が
目をつぶっていても流れ出た

思わずうつむいた。
まだ泣いてはいけない
見られてはいけない。
かかしが
返事に困ってしまうから

強くならなければ
かかしを好きでい続けられないのに、
私はとことん弱い人間だった



ひたすら目をつぶって
相手はどんな表情しているかも
分からず、いつかみたいに
ただ待っていた。
こんな感情のぶつけ方では
以前の繰り返しだと分かっていた。

でも
きちんと分かり合って別れたい。
そう痛切に感じていた



何・・何て言ったらいいんだよ



どこかで想像していた言葉が
小さくだけど部屋に響いた。
でも
独り言のようなその返事が
突き放すような言い方ではなくて
KARTで言われた言葉のような響きで
私は目を閉じたまま感謝した。

困惑と取れる、その言葉。

思った。
私はまだずっと好きでいるに違いない。
こうして言い放たれた後も
逆に清々として好きな気持ちが増している。
相手を傷つけ切れない優しい所も
時に激しく怒りを高ぶらせる所も
良いところも悪いところも
全て知った上で、なお好きでしょうがない。
それが重荷な事は知っている。

かかしを困らせているのは知っているのに
好きでいることまでは諦めることはできない	




部屋は
再び静まり切ったので
いつまでも止まらない涙を
服の袖で拭って、やっと目を開けた。

前にはさっきと変わらず
見下げる位置に
座っているかかしが居た


見た瞬間、
おかしいと思った。
それと
彼の瞳を直視できなくなった。

だって
想像していた顔とは
まるで違っていたから

頬杖つくように
鼻先から口元まで覆っていて
表情はほとんど見えない。

でも瞳だけが
上目遣いに
私をしっかり見つめて、
言いようのない雰囲気を放っていた


見上げてくる。
私が見上げることはいつもだけど
見上げられたことはまずない。
それが奇妙で、
少し笑っているような瞳も不思議で、
天井に
目をうろちょろさせてしまった

さっきの呟きとまったく接点が
感じられなくて、意図が読めない。

もしかして泣いてる顔が、
笑えるくらい酷いのだろうかと
思って、顔をこすった。

我に返ると自分が放った言葉が
現実味を帯びてきて、
切なさとかかしを困らせている事で
頭が混乱してきて、また泣きながら
ごめんねと二回謝った



「違う。。  顔」


その言葉の意味を問う事もできず、
やっぱり顔が酷いんだろうと思って
鼻下を必死で押さえた


「俺の顔! 今見ないで」



言葉の内容を探るより先に
目元がほんのり
赤く染まっていくのが見えて、
私が意味を問いかけようとするのを
悟ったみたいに
口を隠していた右手を差し出した


ピース。 彼のファンクサイン


戸惑う。
だんだんとその意味が浸透してきて
力が保てなくてその場に、
しゃがみこんでしまった。

もう目が離せなかった。

目線の高さが同じくらいになると
片膝を立てているかかしが、
すっかり自信に満ちた顔つきに変わっていて
初めて会った時みたいに
にやっとした

両手を、羽を広げた鳥みたく
左右に広げてこちらに差し出した


「抱きしめたい」


自信満々になって、首を傾けたその顔に
私は
すごく「鈍感」なんだと
気付くと笑いがこみあげた


鼻も目も口も
涙の影響で無茶苦茶で、
声が出なかった

近付こうと思って
足をあげたら、
ブーツが足を枷せている
ことに気付いた

慌てて
脱ごうと手をかけたら
その変な体勢のまま、
あっという間に
視界が白に染まって
懐かしい匂いがした






つづく
もどる


































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