何時位なのか 来てからどのくらい経ったのか 全く分からない。 感覚が麻痺していて それから 目の前は真っ白で それ以外何もなかった。 靴のジップに手をかけたまま、 また動けなかった。 恐る恐る手を伸ばしてみて 腕の下をぬって背中まで手を回すと 温かい体温が伝わってきた 私は 何度も名前を呼びながら 顔を懐に押し付けた すると あんまり感動させるな、と言って かかしがうつむき加減に笑った 土間なのに 気にしてないように胡坐をかいて しゃがみこんでるかかしが笑っている。 まるで包まれるように 彼の中にいる。それが信じられない。 でもそのあまりの温かさが 自分の冷たさのせいだと 気付いて、とっさに顔をあげた 服が湿っていて気持ち悪い。 離れようとすると、 見透かしたように 今度はきつく抱き締めてきた。 抵抗する私の額を、 かかしは軽く撫でた。 例の如くこづかれると思って 少し身構えたけど はたかれはしなかった。 こちらからも手を伸ばして 髪に触れてみる。 黄金のような銀色のような、 エナメル状の短髪は パーマをかけているせいか 昔より固く感じた。 手で梳こうとすると ちょうどライオンの鬣みたいに ごわごわと波打っていて 上手く指が滑らない 目の前の銀髪のかかしが ようやく現実のものに思えた 髪を切ってからのかかしは 内心別人のように思えていた。 心が遠かったし、距離も遠くて どうしても以前のかかしと 結び付く感じがしなかった でもちゃんと触れてみると 何の変わりもなく 少し前より大人びた、 顔の雰囲気が 一つ歳をとったという変化だけだ。 目の下には うっすらとクマが出来ていた。 少しシワが増えた気もする。 見上げている私の片手を拾い上げ、 緑の小箱をたぐり寄せ、開いた。 生成色の繊毛の台に 小さな一つの星。 星のように見える。 透明色した石だった 何かを 思い出したように苦笑いした後、 手先を見つめて指に通してくれた。 もう枯れたと思ったのに 右の薬指を見て、また涙が出た。 おでこに ざらざらとした感触がした。 多分不精ヒゲが生えているせいだ 顎を乗せたまま、 撫でるように数回擦った 「寒そうだよ?」 子供みたいに やんちゃな言い方で 私の目を覗きこんで、 まだ乾かない髪の毛先を 指で弄びながら返答を待っている 何が言いたいのか よく分かっていた。 だから震えがきて 発熱したみたいに朦朧とした 分かってる。 とても愛しかった。 体が、素の肌に触れたい そう要求しているような。 または私から 湿りをうつされてしまった トレーナーを脱いで欲しいくらいの うなづきそうになって 思い出して、慌てて止めた。 ここに来るまでずっと考えていた、 どうしても聞きたかった事を伝えた どうしてポケットに指輪を 入れたまま、コートを渡してくれたのか。 私がかなり鈍感なのは かかしも知っていたはずで、 我ながら情けないけど 多分、失くしていた可能性の方が高い。 それを言うと あまりに明瞭な返事が返ってきた。 あの日、深夜と言っても 12時過ぎだった。 かかしは以前の 私の生活パターンを知っていたから、 その時間帯には帰ってないと 思ってたらしい。 つまりは 留守中にこっそり置いて帰る つもりだった。 それを聞いて、 またかかしを分からなくなった。 絶対、そんな遠回しな事は しない人だと思っていたから。 私は、廊下に立っていた。 それがあまりに不意打ちだったらしい。 彼の中では私が帰宅して コートと、ポケットの中身に気付いて 電話してくるという シナリオが出来ていたと いうことまで暴露してくれた。 風邪引いて頭回らないし、 そっちは喋らないし、泣かれるし そう言う声はこないだみたく 少しかすれていて、 そこまでしてくれたのに 今まで気付かなかった自分の愚かさに、 本当に半年間の全ては私のせいだったって事に 悲しくて、時間を取り戻したくて、 愛しく、ただ愛しく思った。 彼を以前と違うと感じるのは きっといつからか、 かかしの私に対する気持ちも 前と違ったものになっているから。 やっとそう感じた さらに強く抱きしめられると 顔が見えなくなって 代わりに自分とかかしの鼓動が、 交互に重なるように聞こえた。 絶対またフられたと思ってた、と どんな表情しているか分からないような イントネーションの言葉が 上から降ってきて、 それは私の方だと疑問に思った その時、 外からの冷たい空気で 背中に悪寒がした。 何が起きたのか分からず 思わず振り向いた。 抱擁は解けてしまった そこに立っている人影は 私からは足のつけ根くらいまでしか 見えなかった つづく もどる