ドアを開けた張本人は、
躊躇なく入ってきた。
状況が理解できず
その相手を見上げることすら
体が強ばって無理だった。

何も見てないかのように
背中ごしを
悠々、というか自然に
通り越して中へ入っていったので
振り向いた体を元に戻すと
私の指先だけを握って、
かかしが
それを目で追っていた。

手の感触からして
リラックスしていて、
間もなく爆笑しだした

不自然な光景を見られ
私は羞恥で一杯だった。


相手はためらいもなく、
テーブルの上に置いてある
サングラスに手をかけた

「俺が笑う所だろ」
と皮肉な笑みを含めて
言い放つ声に何となく
聞き覚えがある気がして
咄嗟にそっちを見た。

手に白黒の帽子を携えて、
煙草を燻らせながら
サングラスをかけ直している。
長さの曖昧な坊主、
その色は金色と灰色を混ぜたような

誰なのか分かった瞬間
思わず、彼を指さして
驚嘆の声を発してしまった
(さすがに白狐とは言えなかったけど)


笑いの止まらないかかしが
こっちを向き直して
手に力を入れた。
知ってんの?と聞かれ、
私はどう返事すれば良いか分からず
曖昧な笑顔を作るしかなかった 


狐の方は、知らないと言い放つと
さして私の方を見ることもなく、
デスクやその辺りにちらばった
紙面を覗き込んで
 ついでに再開するか、と言った。


何度か白狐には会っている。
確かに一方的で、
たいした接触はしていないけど
覚えてない、と言う事なら
特に印象に残らなかったのだろう。
信号ですれ違ったのは
やはり彼であった。
それもまた、私の一方的な「再会」だ

イベンターの人だと
思っていたけど、家まで来て
仕事を共にするという事は
狐はクリエーターなのだろうと思った。

私は
かかしの友好関係に
明るくなかったと初めて感じた。
知っているのはメンバーを含め数人だ。

突然押しかけて、こうも容易く
狐に会ったと言う事は
普段から出入りしているに違いない。
なのに昔は一度も遭遇しなかった。
それはかかしが意図的に
接触を避けていたからに違いなく、
以前エンジが言っていた事は
本当だった。


気付くとかかしは中腰になっていた。
それを見た瞬間、
思わず繋いだ手を離した。
すると
苦笑いをしながら目で
ごめん、とジェスチャーしてくれた


正直言ってしまえば
私はとても嫌だった。
でも
そんな醜い自分も嫌だった。
ちょうど玄関だった事もあり、
すぐさま帰ろうとした。

ところが何の気なく
白狐に向かって
泊まるから、と
言い渡されたので閉口した。

必死に首を振った。
何時か定かでなかったけど
早く出ないと新幹線がなくなるし
明日は朝一から仕事だから。

そう言うと
一旦リビングへ戻りかけた
足を翻して、私に近寄って
濡れた頭に手を置いた。

風邪引くから駄目
朝送るから心配するな、と
諭すように言って
そのまましゃがみこんで
ブーツのジッパーを下ろし始めた。
いつの間にか吸っている
煙草の灰が
ぱらぱらと地面に舞った

慣れた手つきに
胸が痛んだ。
でも
同時に嬉しくて
結局自分から
ブーツを脱ぐに至った


上がってすぐ
白狐に挨拶をすると
軽く手を上げて笑った。
本当に私の事を覚えてないのか、
と思わせる含んだ笑顔だった

ビールを出して
もう仕事の体勢に入ってる
二人に促されて、
私はシャワーを借りた。


使用するのは初めてだった。
白いユニット式のバス。
浴槽には透明のカーテンが
かかっていて、汚れの一つもない。
というか水滴の一つもない感じだった。
普段はどこで汚れを流しているのか、
使われた形跡が殆んどないバス。

でもそんな事は
今に始まったことじゃない。
私だって
彼に言えない事がなかったわけじゃない。
実際、私は、彼は、
どうやっても生身の人間だ。

指の先の石を見た。
心の中は物では決して計れない
安らぎは一瞬だった。
すぐ、また不安になった。


出るのに
多分30分位かかった。
脱衣場に置かれている
変わった形の
温度計兼時計を見ると、
時刻は8時13分か4分だった。


リビングに戻ると
案の定、予想していた事態になっていた

何度もキューイングのかかる音楽、
まだ深夜でもないのでもちろん爆音だ。
充満する煙草の青白い煙の渦、
ボウリングピンみたいに並んだビールの缶。

それらはいずれも仕事中の風景で
とくに気に触ることもないが、
私が一番嫌う癖を
かかしはやってのけてくれていた

煙草を手に険しい目つきで
卓上を眺めていたかかしが私に気付く。
それから胸元を見つめ、
自分の額を手で覆って苦笑いした

ベッドルームの方へ
(と言っても部屋同士に間仕切りはない)
即座に消えて、
再び帰ってきたその手には
彼の綿シャツが、
多分持っている中でも
一番小さいサイズを持ってきてくれた。

確かに乾いたようでも
気持ち悪いのに我慢して
白狐が居る手前、
バスタオル一枚で出る訳にもいかず
袖を通した

やっぱり
かかしは賢く、素早い。
 以前の彼と変わりなく
隙がない。

しかし、私はどうしても
この癖が受け入れられない

目の前には軽く褐色した
痩せているけど上部が厚い胸元、と
筋ばった筋肉しかないような上腕。
家ではしばらくすると
いきなり上着を脱ぎ出す癖。

今回も私が居ない隙に脱いでしまって
文句を言うこともできず目を逸らす

それでも頭を軽く撫でられると、
ただうなづいて受け取り
再び脱衣場に帰った

シャツは
一番小さくても、
私には
袖が余ってしまうほどの
大きさだった。

相変わらず
テーブルとデスクの間では、
二人が話したり、曲に聞き入ったり
小さなエレクトーンを鳴らしたり
タンテを回し続け、
賑やかさが絶えなかった。


少し寒気がしてきた。
雨に打たれたのはもちろん
昼頃から
緊張が張り詰めっぱなし
だったせいかも知れなかった

熱中しているのを
邪魔したくなかったので
一人ひっそりベッドの上に
腰掛けて、少し寝そべり気味に
その作業を眺めていた。
順調に進んでいるようだった。
huvcool以外の活動は
あまり知らないので、
興味が沸いた。

白狐は無口で無感情なのかと
思っていたけど、
かかしとは良く通じ、笑いもした。
本当はそうゆう明るい人かも知れない。
ただ見た目があまりに鋭敏な感じだ


二時間くらい経った

薄暗いこちらとは対照的に
リビングは変わらず
光が煌々としている。
頭がぼうっとして
あちらを見つめているのが辛かった。

体が寒気から熱気に転じて
頭を重くもたげてきた。
それで耐え切れず
頭上のピローに寝転んだ。
それよりも
眠気が相当のもの
だったように思える。


ちょっと、出して 

かかしの声が
向こうから聞こえた。
私は目を閉じて
熱くなった身体を
何とかしようとしていた時だった

聞こえてきた名前に
頭を上げた。

それから間もなく、要求に答えて
即興で歌いだした彼の声で
はっきり分かった

KARTの中では、確かに
白狐の声は覚えておく、と
言った時ぐらいしかまともに
聞こえなかったのだけど、
私は本人に向かって
うる覚えの曲を口ずさみ、
名前まで訊ねていた

彼は空だった。

独特の爆音じみた声は、
マイクを通さなくても
破壊力があるように
空気を貫き、揺らす。

それは到底
普段の喋り口から想像できない。
繊細で技才に溢れる
高いかかしの歌声とは真逆な気がする

「今一つの部屋で
すごい事が起きている」という
興奮と感動が胸を高鳴らせて、
動脈が波打つ頭に
朦朧としながらも我慢していた

ちょうど目線の先には
伏し目がちに紙を見ながら
歌っている空が居て、
かかしが手でストップサインを
送った時に偶然目が合った。
KARTの入り口で見た時みたいに
淡々というか冷ややかな
瞳にしばらく見入った

声は出なかったけど
クウ、と尋ねてみた。
口の動きで分かったのか
空はうなづきながら
ちょっと笑っていた。
テーブルを挟んで
背中を向けていたかかしも
気付いてこっちを振り返り、
見下ろしながら笑顔を見せた。

どうやらそこで
意識が切れてしまったみたいで
その後は分からない





つづく
もどる































Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!