もう陽が頂上近くなっている
今日は天気がいいし、風も少ない
光を体に心地良く感じながら
私達はそぞろ歩いた


さすがにこの時間帯だと
道なりに飲み屋街を歩いていっても
開いている店はなかった
しかしそこは商売上手、
若者がよく集まってくる
カフェや雑貨屋の並ぶ
通りまで来ると
貸しビルの2、3階には
バーがいくつか営業していた


有名人もこうゆう所で
飲むんだなぁと感心しながら
席に着くと
各々は決まっているかのように
速攻注文している

薄暗い店内には棚や階段に
色とりどりキャンドルが置かれ
ジャズテイストの音楽が響く
この空間に似つかわしくない
どんちゃん騒ぎな皆がやたら面白かった


この店の間取りは少し変わっていて
隣りの店との兼ね合いか
入り口と反対側の角が半分へこんでいて
そのくぼみが個室状態になっていた
皆さっさと中央テーブルに座ってしまい
エンジと数と私は
店員に誘われるがまま
そのカドっこに通された

すると数は 俺、狭い所苦手だもん
と笑いながらスタッフの方へ逃げていった

確かにここじゃ皆と話しづらいし
天井には紫がかったライトアップが施され
異常にムーディになっていたので
エンジに
向こうに移動しようと促した
そうだ、ソファを移動してもらえばいいんだし・・

「いや、いいよ別に」


予想外の返事が返ってきたので
椅子の段取りを考えていた
私の頭はそこで止まった


いいと言われたって
今度は私が困る。
エンジはがんがん喋る方じゃないし
どんな話しが好きなのかさっぱり
分からない。


とりあえず注文をして
酒がくるのを待った
酔い気があれば何とかなるかも、そう思った

しばらくして
向こう側が盛り上がりはじめた頃
エンジが頭の後ろで手を組み
ぐーっと背伸びしながら言った


大変だよね かかしわがままだから



私は返答に困った
確かにワガママかも知れないんだけど
でも大変って思った事もなかったし
それ以前に今は少なくとも
大変な目に遭う間柄じゃないし・・

どれを口に出したらいいか分からないので
とりあえず
ありがとう

とだけ答えた


それからお酒がきて
少し飲むと、今日の疲れのせいか
予想以上に回った


エンジがよく漫画を持ち歩いて
いるのを見たので
自分が読んでいる漫画をすすめてみた

すると
笑いながら 持ってる、と言った
今度はエンジが
あの本知ってる?と聞いてきたので
あらすじを早口に言い並べた
エンジは受けたらしく
しばらく腹を抱えて笑った

こんなによく笑う人だったんだ
さらさらの短い黒髪が
笑うたびその目にかかる
優しい目をしている
かかしとは違う雰囲気の
丸みを帯びたぱっちりした瞳
彼全体に子犬のような
愛くるしさがあるかも知れない

今までは
かかししか見ていなかったから
見えなかったから
私の心の視野も狭くなっていたに違いない




エンジの人柄に触れ
次第と心を開きつつあった私は
酒が入っているせいもあって
公園であった事を話した
かかしの表情や
言った言葉 全て思い出せる
胸を痛みながら
なるべく正確に話していった


途端にガタン、とテーブルが揺れた。
上に置いてあった
キャンドルが上下に炎を揺らす
何だろう
ほろ酔いで状況を把握できず
空ろにエンジの方を見た

エンジはちょっとのけぞり
信じられないという
目つきでしばらく私を見て
ついでに言った


「彼女じゃないって何で思ったの?」


それは
だってそれは・・
何だったろう?頭の中が霞む
確か今日の飲み会

そうだ
誰かに聞かれて・・
そうそうあの人だ

向こうのテーブルで
数と一気飲みをしている
スタッフらしき男性に見覚えがある
私のその人を指さしながら
かかしのとった行動を話した

エンジは
煙草をぐしゃぐしゃっと
揉み消すと少し、あせったみたいに
私を驚かすことを言った

「俺は、前から君の事知ってるよ」


一瞬意味合いが分からなくて
でも何だかボタンを
掛け違えて歩いているような、
ものすごく恐い気持ちがした


かかしから聞いてたから――
 
 次のその言葉で
すっかり酔いが冷めた


・・・かかしが?

私の事を
話していた、なんて
考えてもみなかった

いつだって2人きりだったし
人目を避けるように会ってたし

数とか手が早いから
会わせたくなかったんじゃない?
とエンジが苦笑いする
「もう11時じゃん
 急いで行ってやってよ
 かかし探しにさ」
 

頭を整理してる間もなく
深くうなづくと
急いで帰り支度をした

去り際、
君みたいのが
かかしと付き合うのは辛いんじゃない
と言われたけど
私はもう 思いっきり笑顔で
首を振ることができるようになっていた


中央テーブルは盛大な盛り上がりで
昼を過ぎても続きそうな勢いだった
軽く挨拶をして帰ろうとすると
あ、大阪の彼女ばいばいー
と例のスタッフが叫んだ
横でイスの上に半立ちになっている数が
ばか、また怒られんぞ
と爆笑しながらこっちに手を振った


外に出ると
日の光がてっぺんから射していた










つづく
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